ブログ一覧
Matsuo Tatsuhiko

GCPにやっと「止まる予算」が来た — Spend Cap Budgets を実際に設定してみた

本記事は公開時点(2026年08月10日)の情報です。AI関連のサービスや仕様は変化が速いため、最新の情報は各公式サイトをご確認ください。

クラウドの請求書が怖くない、と言い切れるエンジニアはあまりいないと思います。以前の記事で、バズったラーメン店マップアプリに1週間で10万円超の地図API請求が届いた事例を紹介しました。あの記事では「そもそも従量課金の地図をやめる」という回避策を書きましたが、この手の「クラウド破産」談義が定期的に盛り上がる根っこには、もっと大きな共通の不安があります。予算を設定しても、止まってはくれないという不安です。

Google Cloud の予算(Budgets)は長らくアラート専用でした。50%、90%、100% とメールは律儀に届きますが、届いたときには使った後。公式ドキュメントにも「予算はコストの発生を止めるものではない」と明記されていて、本気で上限を守りたい人は、予算アラートを Pub/Sub で受けて請求先アカウントごとプロジェクトから切り離す Cloud Functions を自作するという、なかなか荒っぽい自衛策を取ってきました(この用途の OSS が今もメンテされ続けているのが、需要の根深さを物語っています)。

それが2026年7月29日、Google Cloud 公式に「止まる予算」が入りました。Spend Cap Budgets、現在パブリックプレビューです。

何が変わったのか

予算の作成画面に「アラートのみ」に加えて「利用額上限の適用」という選択肢が増えました。月の支出が設定額に達すると、指定したサービスの新規リクエストが自動的に一時停止されます。データが消されるわけではなく、同じプロジェクトの他サービスにも影響しません。復旧は課金コンソールから手動で解除するワンクリックです。

個人的に一番評価したいのは発動の速さで、公式ブログによれば推定使用量ベースで数分以内に止まります。従来の請求データ集計は数時間〜1日遅れが普通だったので、「気づいたら朝になっていて数万円」のような時間差事故を大きく削れる設計です。通知は 50%・80%・100% で自動送信されます。

実際に設定してみた

弊社の請求先アカウントで実際に作ってみました。お支払い → 予算とアラート → 予算を作成、と進むと、最初の「定義」ステップに新しいラジオボタンが出ています。

予算の作成画面。「アラートのみ」と「利用額上限の適用(プレビュー)」の選択肢

設定は 定義 → 範囲 → 金額 → 操作 の4ステップで、アラート予算とほぼ同じ流れです。ただし範囲の自由度は意図的に絞られていて、単一プロジェクト × 対象サービス、期間は月次固定。上限額を高めに置いておけば通常運用には影響しないので、「本当に暴走したときだけ効く保険」として仕込んでおく使い方ができます。

ちなみに設定画面の左メニューには「異常」という項目も増えています。こちらは同時発表された Early Anomalies(AI サービスの日次コスト異常検知)で、止める前に「いつもと違う」を検知する側の機能です。

対象サービスを見ると狙いがわかる

プレビュー時点で上限を適用できるのは Gemini API、Agent Platform、Cloud Run、Cloud Run functions の4つだけです。

この顔ぶれは偶然ではないと思います。AI エージェントがループして API を叩き続ける、生成 AI アプリがバズって Cloud Run が水平に伸び続ける——請求が「壊れる」速度が人間の監視速度を超えたのが AI ワークロードであり、まずそこに安全弁を付けた、という順番です。エージェントに実行権限を渡す時代の前提インフラと言ってもいいかもしれません。

冷静な注意点

使う前に知っておくべき制限がいくつかあります。

まず、昔ながらの「クラウド破産」の主犯は対象外です。冒頭に挙げたラーメンマップの Maps API も、BigQuery のフルスキャンも、Compute Engine の消し忘れも、今回の上限では止まりません。あの事例への正解は依然として地図APIそのものの見直しのほうで、今回カバーされたのは AI まわりの新しいリスクです。

止まり方にも幅があります。判定は割引・クレジット適用前のグロスコスト基準で、確定原価の反映は最大1日遅れるため、上限ぴったりで止まる保証はありません。処理中のリクエストは完走しますし、確約利用割引(CUD)やプロビジョンド スループットのような固定コミットメントの課金は上限に達しても続きます。「1円も超えない」ためのものではなく「桁が変わる事故を防ぐ」ためのもの、と捉えるのが正確です。

そして本番サービスに仕掛ける場合は、止まること自体が障害になる点も忘れずに。解除は自動ではなく手動なので、上限額は「これを超えたらサービスが止まってもいいと思える額」に置く必要があります。プレビュー段階(Pre-GA Terms 適用)であること、リセラー経由のアカウントが対象外であることも、執筆時点の制約です。

「止められる」ことがAI導入の前提になる

弊社は業務への AI 導入を支援していますが、経営層から必ず出る質問が「暴走したら幾らかかるの?」です。これまでは運用ルールと監視で答えるしかなかったこの問いに、「プラットフォーム側で物理的に止まります」と答えられるようになったのは大きい。Gemini API に月額上限を仕込んでおくだけで、PoC の稟議は確実に通しやすくなります。

AI 活用のコスト設計・ガードレール設計も含めて、AI・業務自動化の支援で承っています。「攻めたいが請求が怖い」段階のご相談こそ歓迎です。